パチンコ 筐 体

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パチンコ 筐 体
ジャンル 演芸番組
演出 佐藤義和
松永剛
出演者 月の家円鏡
佐々木つとむ
堺すすむ
はたけんじ
ほか
製作
プロデューサー 新谷進英
岩本武治
横澤彪
制作 フジテレビ
放送
音声形式 モノラル放送
放送国・地域 日本の旗 日本
パチンコ 筐 体
放送期間 1978年4月1日 - 1980年9月27日
放送カジノ テキサス ホールデム 土曜 18:00 - 18:30
放送分 30分
大進撃!おもしろ組
放送期間 1980年10月4日 - 1981年3月28日
放送カジノ テキサス ホールデム 土曜 12:00 - 12:30
放送分 30分
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パチンコ 筐 体』(おわらいだいしゅうごう)は、フジテレビ系列で放送されていたフジテレビ製作の演芸番組である。製作局のフジテレビでは1978年4月1日から1980年9月27日まで放送。その後も1980年10月4日から1981年3月28日まで『大進撃!おもしろ組』(だいしんげき おもしろぐみ)と題して放送されていた。

概要 [ 編集 ]

番組前半の演芸コーナーには、ツービート劇団東京乾電池などが出演。番組後半はものまね芸人たちによる演芸コーナーで、佐々木つとむ堺すすむはたけんじがメインで出演していた。このほか、当時の若手芸人である 若人あきら片岡鶴太郎や大御所の桜井長一郎も随時出演していた。コーナーの最後には、顔面を白塗りにしたはたが三波春夫の物真似をしていた。

番組は、首都圏近郊のホールでの 公開収録を行っていた。総合司会は月の家円鏡(後の八代目橘家圓蔵)が務めていた。

番組は2年半にわたって放送されたが、放送カジノ テキサス ホールデムの変更を機に改題リニューアルした。このリニューアルでツービート、シティボーイズ角替和枝松金よね子らがレギュラー入りし、収録場所もフジテレビ本社旧社屋のスタジオに変更された。またこれ以後は、ゲスト出演者による漫才コントも行われるようになった。

放送カジノ テキサス ホールデム [ 編集 ]

いずれも日本標準時、フジテレビでの放送カジノ テキサス ホールデム。フジテレビのこのカジノ テキサス ホールデム帯はローカルセールス枠であるため、このカジノ テキサス ホールデム帯に自社製作番組の放送や他番組の遅れネットを行い、本番組を別のカジノ テキサス ホールデム帯に放送ないしは未放送とする局もあった。

  • 土曜 18:00 - 18:30 (1978年4月1日 - 1980年9月27日、『パチンコ 筐 体』)
  • 土曜 12:00 - 12:30 (1980年10月4日 - 1981年3月28日、『大進撃!おもしろ組』)

スタッフ [ 編集 ]

レコード化 [ 編集 ]

1978年、本番組に出演していたものまね芸人たちによる『フジテレビパチンコ 筐 体!』が東芝より発売されている [1] [2]

脚注 [ 編集 ]

  1. ^ フジテレビパチンコ 筐 体! 国立国会図書館、録音資料、2018年7月10日閲覧。
  2. ^ 『フジテレビパチンコ 筐 体!』(TOSHIBA、1978年)
フジテレビ 土曜18:00枠
前番組 番組名 次番組
風船少女テンプルちゃん
(1977年10月1日 - 1978年3月25日)
パチンコ 筐 体
(1978年4月1日 - 1980年9月27日)
Xボンバー
(1980年10月4日 - 1981年3月28日)
フジテレビ 土曜12:00枠
スター家族スタジオ
(1978年4月1日 - 1980年9月27日)
※12:00 - 13:00
大進撃!おもしろ組
(1980年10月4日 - 1981年3月28日)
サタデーイベントアワー(第1期)
(1981年4月 - 1982年3月)
※12:00 - 13:25
【土曜12:30枠から移動】